清張作品集「失踪」 双葉文庫から「松本清張初文庫化作品集」というシリーズの刊行が始まった
昨年11月「失踪」、12月断崖」、今年2月「途上」と、それぞれ収録作品のひとつからタイトルをとっている

まず第1弾の「失踪」(第2、第3弾は今後、随時)

●「
この作品には、してやられた


病院の院長と婦長が失踪、薬剤師が首を吊り、事務長が飛び降り自殺と次々に事件が起こる
主人公の「」は、この病院に「入院」していた…


読み始め、すぐに出てきた「私」の自己紹介、ストレートに書かないで、わざわざ入院患者名簿に託して紹介している
「おやっ」と思いつつも、そのまま読み流してしまった


これにだまされた、読者との「お約束」を清張が破る禁じ手のワナだったのだ
だって、てっきり出版業と思いこんでいた「私」がまさか…


こういうふうに話さないと、話の筋がおもしろくないからです」と最後に書く清張のニヤリとした顔が浮かぶ


●「失踪」(この文庫のタイトルになっている)

正直、これは読みづらかった


21歳の若い女の謎の失踪には土地家屋の売買が絡んでおり、黒い男たちの影がちらついていた…というよくあるストーリーなのだが、登場人物の関係がわかりにくく、ページを行きつ戻りつしながらでないとわからなかった


後半になって、殺人で死刑判決を受けた黒い男のひとり、江藤誠一が冤罪を主張する上申書が書き綴られるが、これもまた丹念に読み込んでいかないとすっきり頭に入らない


江藤が無実を晴らすのは、彼のアリバイを証明する「パチンコ店で見かけた男」を探し出すしか手がなかったが、最後まで「幻の男」は見つからなかった


清張はこの事件のナゾに、「いつも誰かに会った時日を正確に日記に書き込まねばならぬような不安と圧迫感に襲われる」と書き、冤罪の恐怖を訴えるが、清張自身認めているように構成上、かなり無理が感じられる作品である


●「二冊の同じ本
いかにも清張らしい、熟練の筆さばきで書かれた作品


死んだ友人から譲られた本の書き込みと、古書展で見つけた同じ本に残された書き込みが奇妙にシンクロしている
友人はなぜ、こんな奇妙な方法で本への書き込みをしていたのか


友人は生前、すでに妻帯して四十にもなる男を養子にしていたが、男はこの本の行方を執拗に追っていた
一気に深まるナゾ


実は友人は愛人の家で殺人事件を起こしていた
そして、なんと男は友人の身代わりとなり、逮捕されていたのだ
弱みを握られた友人は、出所してきた男の言うなりになるしかなかった…


だが、友人の未亡人が、意外などんでん返しで男への「復讐」を果たす
まさに推理の清張、巧みのワザ


●「詩と電話
私も読売の記者時代、地方都市の支局や通信部で勤務をしたことがある
全国紙のほかに地方紙や県紙、地元ローカル紙などの記者が数多くいた
当然のことながら地元の情報は詳しく、ずいぶんと世話になったものだ


この作品の主人公、梅木欣一は本社のベテラン記者
病気で休んでいたため「予後の転地(療養)」として地方の通信部へ
赴任先の田舎の記者クラブは地元紙の古株・小林太治郎に牛耳られていた


この小林がとんでもない情報通で、事件があっても警察より早く現場に到着しているという神ワザの記者だった
プライドが高い梅木は小林に対抗心を燃やし、挑戦的態度を取るが、どうしても小林にはかなわず、何度か特オチまでしてしまう


しかし、小林のその神ワザの秘密がわかった
彼は警察の…とつながりがあったのだ


梅木はその「ディープスロート」(「大統領の陰謀」に出てくるネタ元のニックネーム)の趣味につけこんで篭絡し、小林から奪い返した
とたんに梅木は特ダネを連続してかっ飛ばす


しかし「試験でいい点をとったが、カンニングをしているようなうしろめたさ」を感じた梅木は最後に「正々堂々と競争」することを決意する
さわやかなエンディングに好感を持てる作品だ


清張が記者の心理をしっかりつかんで書いているところがいい
編者の細谷正充が解説で「提示される謎と、ラストに立ち上がる職業人の誇り。現代を舞台にしても違和感のない内容」で、まるで横山秀夫の作品のようだ、と書いているのもうなずける