ねじの回転上 ねじの回転下恩田陸の「ねじの回転」が2・26事件を題材にしたタイムトラベルものだというので、早速読んでみた


同様な小説として、最近では宮部みゆきの「蒲生亭事件」があるが、あちらは大学受験の予備校生が「2・26」のさなかに迷い込み、事件をいわば「客観視」する立場で書かれていた

http://blog.livedoor.jp/up_down_go_go/archives/178415.html


しかし、こちらは「2・26」そのものが舞台となっており、事件の主役だった青年将校の安藤輝三大尉栗原安秀中尉、それに何とあの石原莞爾までが登場し、彼らの視点でその内面までが描かれている画期的(!)な作品となっている


●時間遡行装置が発明され、過去に自由に行く手段を持った人類に、老化が加速度的に進行して死に至るHIDS(歴史免疫不全症候群)という奇病が発生


その根を絶つために、国連は時間と歴史を修正する一大プロジェクトを策定し、そのために選ばれたのが2・26事件というわけだ


物語は安藤、栗原、石原が未来の国連に委託され、史実との「不一致」を修正しながら行動していく流れと、それを監視し、時間をコントロールしていく国連スタッフたちの取り組みという二つの流れが並行して描かれる


●しかし、史実通りに再現する「人形」になることに抵抗した事件の主役たちは、時に自分たちの信念を貫き通そうと史実とは違う動きをするようになる


例えば、安藤は、あの「陸軍大臣告示」の「行動」の部分が「真意」になっていることに不審を抱き、その謎を確かめるべく、宮城に乗り込もうとするし、早朝、首相官邸を襲撃した栗原は夜になって単身、官邸に向かい、女中部屋に隠れている岡田首相を射殺する


史実にありえない出来事が次々起こり、そのつど、時間は巻き戻され、彼らは「奇妙な感覚」を感じながら、もう一度史実通りにやり直すことを余儀なくされる


●だが、史実の修正のさなかにハッカーが入り込んだり、HIDSが兵士の間に集団発生したり、さらに少ない情報の中で陸軍と海軍が同士討ちをする恐れが出たりと、歴史は少しづつ狂い出す


ならばと、「すべてやり直し」をすることになり、事態は思いがけない展開を見せてくる


キーパーソンとなるのは国連職員のマツモトで、物語の途中に張られた伏線をもとに、最後に「なるほど」とうならせるような活躍をする


●恩田陸は「2・26」の歴史資料を重要なターニングポイントで丁寧に紹介しながら、それに関わった安藤、栗原、石原の心理を巧みに描写、その筆力に驚く


部下思いで頼りがいのある安藤、真っ直ぐで純粋な栗原、異様なオーラを滲ませる石原、彼らが生き生きと目の前に活写されるのが小気味いい


もうひとつの「2・26」として十分に楽しめた